言葉1『正信偈讃仰』(一)

真実は必ず伝承する

真実の伝承ということがある。それは二面から言うことが出来る。真実とはかたくななことばであって抽象的でありますが、元は如来である。くだいて言えば如来本願である。如来の本願は必ず人を待って伝わっていくようになっているのです。

なぜか。如来の本願が真実まごころであるから、これは必ず人を待って伝わっていくようになっている。その如来の本願の真実性が真実そのものの働きとして伝わっていくようになっているのです。

われわれは「人間が努力して伝えなきゃならん」と思うが、そうではない。真実が伝わるようになっているのである。それが人間の上に生きてまごころとなると、そのまごころというものは時間がかかるかも知れないが、必ず伝わるようになっている。

如来のまごころは必ず貫くようになって下さってあるのであって、それを本願というのである。「もし生まれずんば正覚を取らじ」である。その深いまごころである如来の本願が伝承してくるのである。

細川巖講述『正信偈讃仰』(七)龍樹章 19・20ページ

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